くらいくらい海の底。

焦りも後悔も惰性も

何もかも重なり合う海の底。


奇怪な魚がこれまた

ごてごてと飾り立て、

ゆっくりと漂っている。


そういえば、こんな所にいる私は、

ここに居る前、何者でどこに居たんだろう?

分かってるくせにそんなコトを考えて見たりする。


今、私はタコの足より多い、

触手のある、イソギンチャクに、

絡め取られ、ココに居る。


そっと、一本の触手をほぐそうとゆっくりと、

手を動かしてみた。


すると、その触手はほぐれてはみたものの、

ゆっくりと、しかし、前よりきつく絡み付いてきた。

こんなこと、何度繰り返せばいいんだろう?


いっそのこと、肛門のように

汚らしい口の中へと飲み込んでくれた

方がいいのに。


ああ。

また、あのいやらしいたことうつぼが

やって来た。


あいつらは、ここに来ては、

私の神経を逆なでてゆく。


「お前、いそぎんちゃくの触手の

構造って知ってるか?

知らないだろう?それにはな、

小さな毒の穴が無数に付いててな、

皮膚から真皮から肉から内臓、骨までも

溶かしていくんだぞ。

ほら、お前がちょっと身体動かしてる

ところが少しだが、溶けて行ってるんだぞ」


「どうすれば、助かるんでしょう?」


「どうしようもないな。いや、ないこともない。

お前、鳴いてみろ」


「ぴいいいいいい」


「もっと、大きく鳴け」


「びいいいい」



「ふっ。笑える鳴き声だな。

いつも笑わせてくれて、ありがとうな。

じゃあな」


「・・・・・・・」


私は、こんなやりとりを何度したこと

だろうか?


ふと、イソギンチャクの触手が

ほんの少し、緩んだ。


そこで焦って、もがいたら

急にきつく縛り上げられてしまった。


また、イソギンチャクは、ぼこぼこと

息を吐く。


私は、ただ昔の夢を断とうと努力

して、頭の中を空白にしようとしたのに。

なのに、イソギンチャクの吐く息は、

いつまでもそれを忘れさせぬよう、

絶え間なく吐き続けられてゆく。


イソギンチャクは言う。


「俺は、一生ここにくっついてなきゃ、

生きていけないんだ。なのに、お前は、

ひらひらとあちこちに行ける。

それでは、俺が可哀想だ。

だから、お前は俺と同じイソギンチャクに

なれるように、努力しなきゃならん」


こんな理屈あるものか!

と、こころの中で思うものの

この状況では、どこへも

いけない。それに、黙って

大人しくイソギンチャクの

言うこと、聞いてれば、食う分には、

困らない。それに、私はもう、

この地で朽ち果てる運命なのだろうから。


でも、何故イソギンチャクは、

何度も何度も私に昔の夢を見せるんだろう?


その度に私は、あんなに好きだったものを

叩き壊して、否定して、はなからなかった

ものと考えなきゃならない。


そのせいか、私の神経はだんだん

麻痺していってるみたいだ。


おかしくて笑えたものが、笑えずに、

神経を逆なでされて、怒るところを

ヘラヘラ笑ってみたり、

泣きたくなるような辛い時も、

無表情を装ってしまう。


イソギンチャクは、そんな私を

見て、変だとも思いもしないのか、

今日も私をきつく縛り付けることが

最大の関心事らしい。


そして、痛いのに、笑う私を、

私以上に笑いながら見ている。


イソギンチャクが何本かの

触手を伸ばし、私によく似たやつを

捕まえた。イソギンチャクは、

器用に我が口に運びながら、

ほんの少し、私に分け与える。


こんなことが、日常茶飯事になってしまうことが、

初めの頃、恐ろしくてたまらなかったのに、

平気になってしまった。


イソギンチャクをみてるといつも

浮かぶのは、


「ひとのものは、俺のもの。

俺のものは、当然俺のもの」


と言う言葉だ。


そして、私にあてはめるのは、共犯者と

言う言葉。


直接、手を下しはしないものの、

やはりおこぼれを受け取ってる以上は。


イソギンチャクは、毒のとげを持った

魚やサメに憧れてるという。


そして、私にもそうであらんことを

強制する。


「あれを見ろ」


私は、見るだけで寒気がして、

目を瞑る。


「見るんだ。目を大きく開いて。

見ないともっともっときつく

縛り上げるぞ」


それもイヤだ。しょうがなく、

うっすらと開けてみる。

何度見ても、おぞましい彼らの

姿形。


「俺は、あんな風になりたい。

そこいらの雑魚どもが避けて通るよう魚に!」


それは、あんたの勝手だけど、

私にまで、強制しないでよ!


口元からすんでで言いそうになったけど、

こう置き換えた。


「イソギンチャクなら、なれるよ」


こんな私って、一体何???