私は、いわしである。

ちっちゃないわしである。


いわしな私は、私と同じ仲間と、

せわしく団体行動を常にしていた。


ほかのいわしたちは、思わないのか

どうかは知らないけれど、私は

敵から逃げまくり、やっとのこさ

その日の糧にありつけるような

そんな日々に飽き飽きしてた。


その点、くらげはいいなあと、

思わずにはいられなかった。


ゆらゆらと、海面を漂っている。

そんな外見にふと、気を許して

触れようものなら、瞬間、

白い光とともに、激痛を

いただく羽目になる。


そして、その外見との落差の

大きさにより一層の恐怖感を

抱くのだ。


その上、彼は無色透明で、

その日の光の具合で、

さまざまな色になれる。


私は、そんなくらげを放心して、

見つめているうちに、よく群れを見失って

しまうことが度々あった。


迷子になって、いわしたちの群れにやっと、

辿りつくと、よくこう言われた。


「あんたは、しょせんいわしなんだから、

(くらげには、なれないんだから)いわしらしい

幸せを掴むように努力しなさい」


そんな言葉はまるで、耳に入らずに、

私は、くらげを探して回り、いつまでも

見入ってばかりいた。


ある日。

くらげと話をする機会が訪れた。


「君は、いわしだね。でも、何で、

いつもひとりなんだろ?いわしって、

一杯一塊になって、

泳ぐって、決まってるんだろう?」


と、くらげ。


「こうゆうのもいるんですよ」


と、いわし。


「変だね」


と、くらげ。


「変かな?くらげって

いいなあって思って、

いつも見てたんです」


と、いわし。


「はあ・・・」


と、くらげ。


「私、いわしたちといつも、

一緒に居て、同じ方向に泳いで、

敵から逃げ回る毎日に嫌気が

差してしまって。出来ることなら、

いわしじゃなくなってしまいたい」


と、いわし。


「でも、今、君はそういってるけどさ。

そして、きっといわしじゃない生活をすることは、

出来るけど、時が来たら、やはり自分の

ふるさとに帰りたくなるもんなんだよ」


と、くらげ。


その時、私は、くらげの言うことを分かった

ふりをして、うなずきはしたけど、まるで

理解してはいなかった。


その後、度々くらげのところへ

訪ねてゆくようになった。


「くらげって、楽そうでいいな」


と、いわし。


「そう見えるけど、そこがそうじゃないんだな」


と、くらげ。


「と、言うのはね、こうふにゃふにゃ、

単に海面に浮かんでるみたいに見えるけど、

一つの強い意志と言うか、信念と言うのが、

目標って言うか、ともかくそれらを核と呼ぶとしたら、

そいつが鉄より固くあり続けなきゃ、

角砂糖みたいにさらさらと溶けていってしまうんだよ」


と、くらげ。


「へえ。それは全然知らなかったな」


と、いわし。


「君は、くらげが何も考えずに、

ただ流れに任せて揺らいでるだけと思って

たんじゃないのかい?」


と、くらげ。


「実は、そうなんです」


と、いわし。


「別にくらげがそうだからって、

偉いとかなにもないけどさ、

せこせこ、えさ食うためだけに

生きてたくなくて、くらげになる

やつって結構居るけど、うん。

なれるまではいいんだ。


でも、その後が問題なんだよ。

そうゆう奴らって、くらげの外見だけ、

真似すればいいんだと思って

ただ、ゆらゆらしてるんだ。

でも、やっぱりお腹は減るし、

行き詰って、元に戻ってしまう。

ぼくは、それを「溶けてゆく」と、

表現してしまったけど、

そんな訳で、くらげで居続けるのって、

なかなか大変なんだよ」


と、くらげ。


「そんなに大変とは、

思っても見なかったけど、

それでも、私、一度は

くらげになって見たいな」


と、いわし。


「なれば?」


と、くらげ。


「・・・・・・」


とにかく、くらげになりたい一心の

余り、くらげへと姿を変えて行った。


さまざまな他人の反応は、

被れた皮膚をかきむしるような、

歯がゆいほどの快感はあった。


でも。

そのいわしは、すぐに元の姿に

戻って行った。


ひとりは、淋しすぎたから・・・。