「あ。何だ。お母さんが

死んだって言うの、夢

やったったい。良かったぁ!」


 胸を撫で下ろしつつ、目を覚ます。


「・・・・・・イヤ。違う。本当やった・・・・・・」


 青ざめて、気が遠くなり、私はぼろぼろ

涙をこぼす。そんなことが、つい最近まで

あった。仕事を休んでしまった日さえあった。


 一番、象徴的な夢は、母が蝋人形の

ように白い物体と化し、座敷にごろんと転がってた

夢だ。妙に黒々とした髪の毛が、わざとらしく

生えていた。


「お、お母さぁぁぁん・・・・・・」


 何で?どうして?母にしがみついて、

泣いた。泣きぬれた。


 もう一つあった。母が黄色いTシャツを

着て、布団の中で生きていたという夢。


「お母さん!生きとったちゃね!」


 母は、ただ、ほんのりと微笑んでいた。


 そういえば、普段の母は、無口なひとだった。

そんな母は、妹と私を喜ばせるため、しょっちゅう、

箱ごと果物を買ってきてくれてったけ。片道三十分は、

かかる職場からの帰り道、箱を自転車の

荷台にくくりつけて。それでも、母は一切、

恩着せがましいことは、一切言わなかった。

競って、妹と私が果物をむいて、食べるのを

ほんの当然のことと思っててくれていたようだった。


妹と私が小学生の頃、母は珍しく、私達を

とある憩いの場(広い庭園内に、美術館や

図書館があるささやかな場所)に、

連れて行ってくれたことがあった。

その時、母は、


「ごめんね。こんなところにしか、

連れて来てやれんで・・・・・・」


 と、言った。私は、所在無く、手のひらを

頭の後ろに組んでそっぽを向いた。

何て答えたら言いか分からないけれど、

切なぁい気はしてた。多分、母と父が

離婚して、間もなくのことだったと思う。

未だに、リアルに、切ない思い出。


 でも、最近の夢の中の母は、とても

さり気なく日常の一コマとして、

現れてくれる。私があまりにも

泣くので、こりゃいかんと思ってのことなのかも

知れない。本当にさり気ないのだ。

まるで、よく見たら、写真の隅に

写ってるかのように。お陰で、最近は、

母が夢に出てきても、平気になった。

クスっと笑える程だ。


 そして、とても残酷なことかも知れないが、

母は、四十四歳と言う短い人生に、やっと、

終わりを告げることが出来たのではないかと。

また、楽になれて、天国でのほほん、ふわふわ

漂っているのではないかと。

母は、妹と私の為だけに生きてくれていた。

滅私奉公ばかりだった。

だから、やっとひとりになれて、妹と私が、

四苦八苦して生きてるのを見ながら、


「まぁ、頑張らんね」


 そういって、見守ってくれている気がするのだ。

じゃあと、私はこう返す。


「そうやねぇ・・・・・・。この世で生きてゆくのも、

ほんと大変やね。でも、命ある限り、

一生懸命、生きてゆくよ。そして、いつの日か、

夢を果たして見せるよ。きっとね」


 私の夢。とりあえずは、一冊の本を

出版したい。そして、作家になって、

食べていけるようになることだ。

果てなく、果てなく、誰かに

読んで欲しい、私の思いを

綴り続けたい。

特に、親を早く亡くしてしまって、悲しんでる

ひとたちへ、こんな私でも、何か

出来ること、力になれることを知らせたい。

そんなに、不幸に思わないで。どうか、

少しでも強く生きていって欲しいと。