母が死んだ。

 その夜、母と父はお酒を飲んでいた。

母は、父に、


「ユリは、あんたにやる」


と、言っていたと言う。と、言うのも、

母と私は、就職のことで珍しくも

喧嘩していたからだった。


 そして、帰ろうというとき、母は、

自転車に乗って帰ると言って聞かなかったそうだ。

そこで、いつものように妹が

バイクで迎えに行った。妹は母を

道の内側に寄せて、守るようにバイクを

走らせていたそうだ。が、母がしつこく、


「前に行かんね!前に!」


 と、言うので仕方なく妹が母の前を

走るとその隙を見計らったかのように、

母は渡る必要のない道路を渡り、

車に跳ねられたのだ。

バンパーに乗り上げ、車の屋根へと乗りあがり、

道路に叩きつけられ、母は意識不明の重態

となってしまった。


 母が死んだ。

 ベッドに横たわった母。頭頂部を刈られて、

見るも無残な母。脂ぎった母の顔。

汗をぬぐってもやれなかった。

母は、キレイ好きで、


「耳の後ろも、ちゃんと洗わんといかんよ」


 と、よく言っていた。パンパンに腫れあがった手。

さすることも、近付くことも出来なかった。


 母が死んだ。

 最後に母の死に顔を見た。口がぷつんと

動いて見えた。


「もしかして、お母さん、まだ生きとると?」


 母が死んだ。

 火葬場の高熱炉の中に、母のお棺が

入って行った。


「お母さん・・・・・・。本当に死んだと?

焼かれてる途中に生き返ったら、どうすると?」


 母が死んだ。

 母は、本当に骨だけになってしまった。そして、

なくなる寸前まで、何故だか折っていた

千羽鶴がキレイに形をとどめたまま、

灰になっていた。


 母が死んだ。

 妹と私は、母が事故に遭って、

一週間だけ、延命処置をしてもらっていた

間、ただ泣いていた。


「本当の本当に、お母さん死んでしまうとやね」


 その時は、どこか悲劇のヒロインを

演じてなかったといえば、嘘になる。

 つい、最近まで母は夢に出てきては、

まだ生きているという設定で、何気なく

登場していた。


 「何だ。お母さん、死んだとって、

夢やったたい!」


 目が覚めて、それこそが夢だったと気付く。

私は、ぼろぼろ涙をこぼしては、母が

死んでしまったことを何度も何度も

知らし召され続けた。


 母が死んだ。

 それが、もう取り返しのつかない厳然と

した事実を受けて止めることは、

出来たのだろうか?しばらくすると、

母は夢に出てきても、私を泣かすことは、

無くなって行った。


 母が死んだ。

 十六歳の妹と十八歳の私を遺して。

母の人生に、喜びはあったのだろうか?

妹と私を母子家庭の中、育て上げるため、

朝から晩まで働きづめだった母。

そして、ストレスを溜め込んでは、

泥酔をせずには、いられなかった母。


 母が死んだ。

 その事実は、未だ私を奈落の底へと落としてゆく。

いつまでも、いつまでも悲しみは、癒えないことだろう。

母は、死んでしまって、どこを探しても居ないのだ。

 それでも、私は生きてきたし、生きてゆかねば

ならない。ありきたりな言葉でしか言えないけれど、

母の分まで幸せに、私なりの幸せを求めて、

生きてゆく。母のいない人生は、この上なく

淋しく、切なく、やり切れないことだけれども、

乗り越える必要があるのだ。

だから、

私はペンを取り、一つ一つ文章にして、

悲しみや辛さや楽しさや嬉しさを、

書き留めてゆく。そして少しずつ

癒されてゆく。そして、一生書き続けるだろう。

文章を書く。誰が、このことを教えてくれたのだろうか。